昭和プロレスファンバカ一代 嗚呼 青春の格闘王 前田日明❗️

 

先月末、元格闘家 前田日明さんの公開番組に行って来ました。

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昭和プロレスファンとして私が好きな日本人レスラーは、

アントニオ猪木

初代タイガーマスク(佐山サトル)

そして、

前田日明

です。

私は初代タイガーマスクからプロレスファンになりましたが、タイガーマスクが活躍した時期はわずか一年です。

その頃、アントニオ猪木はまだまだ現役でしたが既に40歳手前で肉体的な全盛期は過ぎていました。

そこで頭角を現して来たのが前田日明選手でした。

つまり、私は前田日明選手の全盛期を見てきたファンの一人です。

私にとって前田日明選手は青春のリアルヒーローでした。

大阪のゴンタクレ

私は中学2年生まで大阪市に住んでました。

前田選手も大阪市の出身です。

今でもそうかも知れませんが、大阪という街は子供にとってとてもスリリングな街でした。

子供の頃、少しでもミナミの難波や北の梅田界隈に行こうものなら、必ず

絡まれる(からまれる)

事を想定して、お金は靴下に隠したりして出かけてました。

急に見知らぬ上級生が目の前に出てきて、カツアゲ目的で

「そこ右曲がれっ!」

とか言われたりする事なんか日常茶飯事でした。

大阪弁で不良、悪ガキのことを

ゴンタクレ

といいます。

「何メンチ切っとんねん!(ガンつけやがってこの野郎)」

「バチキ入れたろかワレッ!(お前、頭突きかますぞ〜)」

中学くらいから街中や学校でこんな言葉が周りでよく飛びかってました。

その大阪のゴンタクレの代表が前田日明さんです。

自身の自叙伝でも大阪の高校時代の活躍!?が書かれてあります。

また、前田選手は大阪の空手の町道場出身です。

私も大阪から長崎に転向する直前、中学2年の終わりに少しだけ当時の大阪球場の近くの空手道場に通った事がありました。

のちに大学で東京に出てきてからも町道場に通ってましたが、格闘技の町道場というのは社会人から学生までは様々な人間が集まる独特の雰囲気があり、私は学生だけの学校の運動部より肌に合いました。

そんな前田選手に私は何かしら自分自身と重なる部分を勝手に感じ、他の選手より強くシンパシー(親近感)を覚え、大ファンになってました。

ウルトラマン対ゴモラ

前田選手の子供時代のエピソードで私が好きな話があります。

小学生だった前田少年がある日、テレビでウルトラマンを見ると、ゴモラという大怪獣が大阪に現れウルトラマンと大阪城で戦い、大阪城がボロボロに壊されました。

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それを見た前田少年は

「ウワッ、大阪城がエライことになった!」

と思い込み、翌朝友達と小学校をサボって大阪城に駆けつけます。

行ってみたら大阪城は普段と変わりなく普通に建っていました。

前田少年は慌てて側にいた掃除のおじさんに

「オッチャン、昨日、大阪城がゴモラに壊されてエライことになったんちゃうの?」

と聞いたらそのおじさんが

「そうや、大変やったんやで。オッチャンら徹夜で大阪城、直してたんや。もう大丈夫やから、キミらもこんなとこでサボってんと早よ、学校行きや。」

何ともほのぼのした昭和の大阪の話です。

前田日明の魅力

前田日明選手はとにかく、気が強く、リング上で引くことがありませんでした。

のちに自身のファイトスタイルについて

「ゴングが鳴ったら様子みてどうのこうのなんてないよ。とにかく技をどんどん出していって前に出る。その中でチャンスが出てくるもんだよ。」

とインタビューで答えてるのを読んだことがあります。

引かずに前に出る

それが前田選手のスタイルであり、魅力でした。

そんな前田選手の出世試合は1986年の

ドン・ナカヤ・ニールセン

との異種格闘技戦です。

前田選手の出世試合で、ここで一気にスターダムにのし上がりました。

長崎にあった力道山ラーメンで観戦

私は中学三年生から大阪市から長崎市に転校しました。

だから前田日明対ニールセンの試合を当時、長崎市坂本町にあった

力道山ラーメン

というラーメン店で見ました。

力道山ラーメン店は店主が昔、プロレスラーを目指してたという店で、本人が出前に行くときはタイガーマスクを被ってオカモチを持って行ってました。

しかもラーメン自体は長崎トンコツ(鶏ガラを入れた長崎独自のトンコツラーメン)でしたが、トッピングと量を変えるだけで10種類近くのラーメンがあり、全てレスラーの名前が付いてました。

ミニラーメン→星野勘太郎

チャーシューメン→スタンハンセン

全部入りラーメン→ハルクホーガン

替玉→ロープ

ここまでは手の出る範囲で1番高いハルクホーガンで当時500円でしたが、スペシャルなラーメンが3種類

アントニオ猪木→3万円

アンドレザジャイアント→5万円

力道山→10万円

とラーメン一杯分の値段設定には思えないビックリメニューでこちらはマムシエキス入りでその量で値段が違ってました。

ラーメン店の壁に古い新聞記事の切り抜きで

力道山「マムシで勝った❗️」

と、試合前に力道山がマムシ料理を食べて試合に勝った事を報じる古い新聞記事が貼ってあったのを覚えています。

高校生だった私が手の出る値段ではありませんでしたが、スペシャルラーメンを頼んでる人は見た事ありませんでした(^_^*)

どんな味だったかは謎のままです。

そして店頭のテレビにはいつもプロレス中継が流れていました。

私がここで何故、この試合を見たかというと、昭和60年代の長崎市は民放放送が2局しかありませんでした。

東京や大阪で5局で放送している番組を2局に詰め込んでました。

その為、「笑っていいとも」が夕方の放送で学校から帰っても見れました。

そんな感じなので前田VSニールセンは特別番組だった為か長崎では放送されませんでした。

しかし、どういう訳か力道山ラーメン店ではいち早く前田VSニールセンのビデオを仕入れて放送してました。

私は高校の帰りに1人で500円を握りしめ、力道山ラーメン店でハルクホーガンを頼み、タイガーマスクの店長に

「前田VSニールセンを見せて下さい」

と言って一人きりのカウンターでラーメン一杯で1時間近く、手に汗握るスリリングな攻防を堪能しました。

プロレスは社会のガス抜き装置

高校生で受験前の思春期に転校した土地で何か得体の知れない閉塞感に満ち満ちていた暗い青春時代を送っていた当時の私は画面から伝わる前田日明の速射砲のようなキックを見るたびに心の闇が吹き飛ばされスッキリした気持ちになりました。

それは戦後、戦争に負けた日本人が外人レスラーにカラテチョップを叩き込む力道山に熱狂した心境と似たものがあったに違いありません。

昭和のプロレスはある意味、大衆の抱える不満や怒りのガス抜き装置でした。

学校で嫌なことがあっても、会社で取引先に怒られてもプロレスがそのカタキを取ってくれる。

そして翌日、また新たな気持ちで学校や会社で頑張れたんだと思います。

さて、現代ではあのような激しい怒りを表現するプロレスは跡形もありません。

だからと言って大衆の怒りや不満がなくなったのでしょうか?

いや、そんなはずはありません。

力道山のチョップや前田日明のキックのようなガス抜き装置が無くなり、逆に人々の怒りや不満は目に見えない地下に潜って溜まり一部のネット上でガス漏れを起こしているのが現代社会の現状のような気がしてなりません。

今のテレビなどを見てて、子供達が憧れるような強いリアルヒーローは見当たりません。

これからの若い世代、未来の子供達にとっての新しい前田日明の登場を願ってやみません。

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(2014年、藤原喜明選手と前田日明選手と猪木酒場にて)

 

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